『ハッピー・リタイアメント』 浅田次郎著 200911月 幻冬舎

 

 

小賢しい屁理屈をこね回すビジネス書ばかりでは、人間が偏ってしまうので、新作の小説を紹介しよう。しかも、ビジネスマン(多くの場合、これをサラリーマンと読み替える)向けの、とっておきのものを。

 

政権が民主党に替わったことで、霞ヶ関のお役人に対する風当たりの強い今日この頃であるが、官僚の「天下り」も俎上に上っている。

 

この小説に登場する人物も、ご多分に漏れず、五十代となって肩叩きに会い、傘下の法人組織に天下った二人のお役人である。一人は財務省、もう一人は自衛隊出身。共にノンキャリアであるが故に、長きにわたって組織の矛盾と不合理に耐え、ついに辿り着いた「美味しい職場」ではあるが、何もしないで結構な俸給を手にするには耐えられない。

 

着任早々、仕事はしなくても良いので、適当にしたように装っておくよう仰せつかったものの、根が真面目なだけに、あろうことか積極的に仕事をしてしまう。その仕事とは、既に時効になっている債権の回収である。言うまでもなく、負債者に法的な返済義務はないので、債権放棄の書類を作って適当に後仕舞いしてゆけばよいのだが、中には「道義的な良心」に基づいて金を返してくれる人もいるかもしれない。

 

と、まあこんなお膳立てであるが、もちろん浅田さんの小説であるから、とんでもない方向に話が展開していく。

 

時効となった債権の回収、まったくもって嘘のような話であるが、浅田さんの身に実際に起きた出来事を基にしている。彼も、当初は、「誰が時効になった借金など返すものか」と心に決めたものの、債権回収に来た人物に、ついついほだされ返してしまったと言う。もちろん、タダでは起きぬ浅田さんのこと、この事件をネタに小説を書き、しっかりと元を取らせて頂いたという落ちである。

 

もう一つ、話の中にこの天下り先の組織を陰で牛耳る「元大蔵省銀行局長」という人物が登場するが、私も以前働いていた組織を思い出し、何となくにんまりしてしまった。

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2010315日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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